『凍て空』Ⅰ

こんにちは、Eimiです。
ついに9月になりました。

父が、この9月で、シベリア抑留から帰国してちょうど70年になります。
有難いことにまだ存命です。
記念として、今日は少し古い作品ではありますが、『凍て空』を今回から4回に分けて掲載したいと思います。
(文字制限の関係で、一度にすべてを載せられませんでした)

20年ほど前、父の体験をもとに、ほぼ忠実に描いたものです。
どうか最後までお付き合いくだされば幸いです。
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《小説》 『凍て空』Ⅰ

「よし、次、第三班」

 聴診器を手にした金髪碧眼の若い女性医師は、次々と診察していく。
 朝の兵役はここから始まる。整列した男たちは皆、上半身、裸で自分の順番が来るのを待っている。
一人が出れば一人が医務室に入る、毎朝の変わらない健康診断の光景だ。
 真っ赤な口紅の女性医師の後ろに立つ布施軍医が号令をかける。

「次」
 胸、背中、と軽く聴診器を当てて終わる。
 医師が「よし」と言えばおしまいの、単調で機械的な作業だ。

 山村稔は十六歳だった。
 彼は小柄で色白で怠け者で、そして生意気な少年だった。
 
 順番が来て医務室に入った稔は、少し高揚していた。
 青い目の女性医師が聴診器を稔の胸に当て眉をしかめ、そして「一日待機」という命令を出すだろうことを期待していたからだ。

 そうだろうとも。
 昨夜未明に駆り出された石炭降ろしの作業は酷かった。

 三時間、汗びっしょりになって、到着した貨物車からスコップで石炭を降ろし、トロッコに乗せる。
 その単純で重労働の作業に精を出したのは、「頼むぞ」と老兵に声を掛けられたからだ。

 いつもなら、いい加減な気持ちで、適当に、頑張っているフリをするのだが、極寒の中、疲労で疲弊していく老兵たちの様子に、さすがの稔もだんだんと殊勝な気持ちが芽生えていた。

 彼は久々にサボらず必死になって石炭を降ろした。

 そして、これが不運だった。
 彼が貨車に乗り込み、石炭の上に乗って頑張り通したその日、最高の寒波が来たのだ。

 あまりにも冷え込んだ明け方の空気は稔に睡眠を取らせることなく、疲れと寒さに震えた。そして迎えた朝には、身体の不調と背中の痛みを覚えることとなったのだ。

 体温は摂氏三十七度三分。

 シベリアの凍った空気と、三百五十グラムの黒パンと水がすべてのこの抑留生活では、どんな屈強な者でも体力は衰え、気力も萎える。
 実際、稔の仲間も次々と減っていっていることを知っている。

 医師は、稔の期待どおり顔をしかめた。

 流れ作業が止まると、後ろに続く男たちにも不振感が広がる。 
 稔は内心ほくそ笑んで、布施軍医の言葉を待った。

 ――よし、『一日待機』だ。

 表情を固まらせた医師は、聴診器を外して稔の胸に耳をつけると、彼女は深刻そうに何か小声でつぶやき、それからまた背中に耳を当て、そして後ろの布施軍医に合図をした。

「入室」

 布施軍医の言葉は、稔の期待するものとは違っていた。
 軍医が彼を列から離すと、
「入室。荷物を持ってきなさい」
 と言った。
 
 入室とは入院のことだ。
 稔は呆然と軍医の言葉を聞き、首を傾げた。それから、同じく複雑な面持ちの仲間の顔を眺めた。

「次」
 稔は再び、流れ作業的な検診が続けられる中、やってきた衛生兵に連れられて医務室を出た。
 途中で兵室から自分の荷物を取って、病棟へと向かう。荷物などほとんどない。
 数枚の下着と着替え、そしてハーモニカ、それだけだ。
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 昭和二十年、満州に配属されていた彼ら一六六六三部隊は、終戦とともにソ連兵によってシベリアに抑留された。
 
彼らの収容されたイルクーツクと言う街はバイカル湖の傍にあり、九州出身の稔は、北海道以北のこの街の寒さに閉口した。

 そして収容所で待っていたのは過酷な強制労働だった。
 
 十六歳の彼は本来なら強制連行は許されず、帰国の途となるはずだった。
 実際彼の同級生たちは皆帰国している。

 しかし勉強嫌いで学校もろくに通わず、年上の遊び仲間とつるんでばかりだった彼は、そこでもまた、悪い仲間に騙された。

 自分の生年月日を西暦に直すとき、年上の悪い仲間たちが、嘘を教えたのだ。
 『抜け駆け』は許さないぞという無言の圧力だったに違いない。
 
 ただそんな、人の思いなど稔は気づくこともなく、残される組みの中に入れられてしまったことをただの不運だと信じていた。

 アパートや公衆トイレの掃除に行く。
 
 凍って山のように積み上がった排泄物をスコップで叩き壊して除去しなければならない。冬になると睫も眉毛もカチカチに凍ってしまう。
 森林の伐採、石炭おろし、塩作り――。……厳しい労働ばかりだった。

 彼は病棟へ向かう途中、空を仰いでしみじみと朝日を見つめた。

 シベリアの空は透明で淡い。
 
 針葉樹林の新緑の背景としてどこまでも広がりを見せ、清らかで優雅で美しかった。




――Ⅱへ続きます。

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