『凍て空』Ⅱ

こんにちは、Eimiです。
思わず長くなってしまっています。
4回に分けて掲載いたします。
今回はⅡになります。


〈前回のあらすじ〉
シベリア抑留された16歳の稔は、真夜中の石炭降ろし作業のため、37.3度の微熱を出してしまいます。一日休めると思っていた稔の耳に、ロシアの女医の下した診断は、『入院』というものでした。
DSCN0290_convert_20190820141440.jpg


《小説》『凍て空』Ⅱ

どこからともなく歌声が聞こえてくる。
そうだ、ロシア人は音楽が好きなんだと、稔はそのハーモニカを手に入れたときのことを思い出した。

それは彼らがこの収容所に着いてすぐの頃、何か得意なものはあるかと尋ねられた稔が『ハーモニカ』と答え、気軽に手渡されたものだった。
「何か演奏しろ」と言われ、『もみじ』や『赤とんぼ』を吹いてみせた。
そして、そのとき黙って聴いていたロシア兵たちは、最後に頷いて、そのまま稔に「おまえにやろう」と言った。

後になって、あれは仕事の技術の中で得意とするものを尋ねたのだと分かり、恥ずかしい気持ちになった。

彼は袋の上からハーモニカに触れた。

そして水色の空を見つめ、抑留後、初めてゆったりとした気分になったと、しみじみ感じた。

深呼吸をした稔は、故郷の朝を思って瞼を閉じた。

夜明けとともに、母は畑に出て野菜を収穫する。
汲み上げた井戸水でそれらを洗って干すと、母は朝ごはんを作り弁当の用意をして、そして父を工場へと送り出す。

その後、兄が起きて、兄は学校の仕度をしながらコタツに潜り込む。

最後に、家の中が漬物と味噌汁の匂いで一杯になったころ、稔は母に起こされるのだ。

「いつまで寝とるんかっ、こん、馬鹿タレが!」

それでも稔は、登校中に帆柱山のてっぺんから現れる太陽にだけは挨拶をした。

「おはようございます。今日も一日ありがとうございます」
 
 口の中でモゴモゴ言って手を合わせると、何もかも許された気持ちになる。
 学校をサボって山で遊ぼうと、路面電車に無賃乗車しようと、映画館に忍び込もうと平気だった。

 近所の年上の少年たちに混ざって一緒にタバコを吸い、一緒に街をふらつく。

 花尾山の緩やかな傾斜を、一人、侍気分で走り回ったり、小さな池の土手に座って自作自演の曲をハーモニカで吹いたりした。

 そして、見上げる空に響く鳥のさえずりが、彼に飛行機乗りになることを決意させた。

 少年飛行兵に志願したのはお国のためばかりじゃなかった。
DSCN0907_convert_20190810223541.jpg

――Ⅲへ続きます。
関連記事
スポンサーサイト



COMMENT0

LEAVE A COMMENT