『凍て空』Ⅲ

 こんにちは、Eimiです。
『凍て空』四回に分かれてしまいまして申し訳ありません。
今日は第三回です。

〈前回までのあらすじ〉
終戦とともにシベリアに抑留された山村実は、軽い体調不良を感じた朝、病棟への『入院』を言い渡されます。
腑に落ちないまま、荷物を持って病棟へ移動する稔は、そのとき初めてゆっくりと空を見上げ、故郷のことを思い出すのでした。
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《小説》『凍て空』 Ⅲ

 その夜、稔は発熱した。
 
 身体中の力が抜けて背中がズキズキ痛んだ。
頭がぼうっとして咳が止まらず、寒くて熱かった。

病棟の半数以上が肺炎で入室している。
どこからも咳き込む声が続く。

この中の何人が再び兵舎に戻ることが出来るだろうか。
稔はそんなことをぼんやりと考えていた。

朝になるとわずかに熱が引き、窓の外を眺めた。

兵舎はプレハブで冷え込みが厳しく、五百人以上が雑魚寝をしていたが、病棟だけはレンガ造りで暖房設備が整っていて、窓もあった。

食欲はなく、何も食べることは出来なかった。

次の夜、熱はもっと上がり、翌日にはほとんど下がらない状態となった。
その変化に、稔自身が一番驚いていた。

稔は朦朧として、幾度となく浅い眠りに就いた。
何度も目が覚めてはすぐに意識は遠のく。
目を開けているだけでも疲れる。――何も考えられなかった。

ただ、検温と投薬のために訪れる医師の声だけは耳に入った。
金髪碧眼のロシア女の声だ。
ロシア語であるにも関わらず、意味がよく分かる。不思議だった。

「四十二度。悪い」

 女性医師は、後ろの布施軍医に話しかけている。
 魂が今にも抜け出てしまいそうだから、知らないロシア語が、こんな風によく分かるのか、断末魔とはこういうものなのか、彼には分からなかった。

 そして三日後、女性医師の指示が変わった。

「四十二度。明日の朝までに三十九度まで下がらなかったら、投薬を打ち切るように」

 布施軍医はしばらく返事をしなかった。
 彼は黙って稔の顔を見つめていた。
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――Ⅳへ続きます。
 
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