『凍て空』Ⅳ 完結編

こんにちは、Eimiです。
『凍て空』Ⅳ完結編です。

〈前回までのあらすじ〉
16歳の山村実は終戦と共にシベリアに抑留されました。ある朝、体調不良と微熱があり、強制労働を一日回避できると思っていたところ、入院と判断されます。不本意ながら病棟へ移ると、その夜に高熱となり、うなされ、意識がもうろうします。その中で、ロシアの医師が『翌朝、39度まで下がらなければ、薬をうち切れ』と命令する声を聞いたのでした。

DSCN0910_convert_20190822223408.jpg

《小説》『凍て空』Ⅳ完結編

 ロシアの女性医師の絶望的な言葉に、稔は打ちのめされた。
 
 ――ああ、そうか。
 稔はすべて呑み込めた。
 ……今、たった今、自分の命は絶たれたのだと、そのときはっきりと確信した。

 それから,様々なことが稔の頭に浮かんでは消えた。
 いつもいつも怒鳴って叱る母の顔や、空腹のあまり、知らない家の畑にイモ泥棒に行ったり、年上の少年に命令されての残飯漁りや無銭飲食をしたことなど、次々と思い出した。
 大人の後ろにくっついて入る映画鑑賞など、無料で楽しめてスリルもあった。
 
 いったい何のための人生だったのだろう。
 たったの十六年で終わるのか。ほとほと神のご加護の薄い人間なのだと、彼は自らを憐れみた。

 彼には、いつも新しい服を買い与えられ、いつも小遣いを貰い、勉強机に向かう兄の姿があった。
 母は兄を可愛がっていた。
 端正な顔立ちで気の穏やかな一つ違いの兄は、自分が大切にされることを当たり前だと思っていた。
 どの家でも跡取りを大切にするのは普通のことで、稔の家が特別ではなかったにせよ、その理不尽さを腹立たしく思い、稔はグレて、いつも家にいなかった。
 一度も誉められたことのない子ども。
 一度も新しいものを買ってもらえない子ども。――ずっとそうだった。
 そして比べられてバカにされるばかりの毎日だった。
 父は忙しく働き、子どものことなど構っていられなかった。
 
 だが、それらももう終わるのだ。
 せめてお国のために死のうと思った。そんな気持ちで軍隊に入隊した自分だったが、まさか終戦後、シベリアで肺炎を起こして死ぬことになるとは思いも寄らなかった。

 稔は、もう二度と目が覚めることのない日が近づいていることを悟った。
 
 だが、次の投薬の時間、熱にうなされる稔の前に衛生兵が持って来た薬は、それまで与えられてきた薬の二倍量に増えていた。
 
 朝、昼、夕、そして夜半過ぎと、すべての薬が二倍になった。
 
 稔にはその意味も理由もまったくわからなかった。
 ――何故? 

 闇の中、稔の胸にどこからともなく声が響きわたる。

――生きろ! 稔。生きて故郷の土を踏め!

 ただ彼の脳裏に、彼を見つめる布施軍医の顔が浮かんでは消えるのだった。

 翌朝の検温で、稔は三十九度になっていた。
 奇跡的な回復だった。

 回診に来た女性医師の後ろに立つ布施軍医は、表情も変えず黙ったままだった。
 厚化粧のロシアの女性医師は、もう二度と『投薬を打ち切るように』とは言わなかった。

 やがて少しずつ回復した彼は、二か月後に退室することとなった。

 個室に移った者ではほとんど例の無いことだった。
 
 それから五十年が過ぎた。
 
 怒鳴り続けた母も、働き通しの父も、そして一生がり勉だった兄も、もういない。

 生意気だった少年は、白髪頭の爺となって、四人の孫の面倒をみている。

 孫たちの笑い声と、「おじいちゃん」と呼ばれる幸せを穏やかな気持ちで受け止めている。

 冬になると、時折彼は孫たちにせがまれハーモニカを吹く。
 透明で淡い凍て空に向かってハーモニカを吹く。

 今は遠いシベリアの大地が、それを聴いている気がした。

                               (了)
DSCN0915_convert_20190810224014.jpg


父は現在90歳です。
このような体験があり、後の私たちがあることを思うと、本当に感謝に耐えません。
20年前、当時、危篤状態にあった父に対して、書き留めておこうと思い、この作品を作りました。
また、布施軍医はじめ、すべて実在した方たちです。
布施軍医、あなたがいたおかげで現在の私たちもいます。父を助けてくださいまして、本当にありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。
心より感謝申し上げます。

そしてここまで読んでくださった皆様、最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。

Eimi

関連記事
スポンサーサイト



COMMENT0

LEAVE A COMMENT